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2011年9月 9日 (金)

キャスターの櫻井翔

3月11日のあの日―。

私は海外にいて、普段と何一つ変わらない日常を送っていたし、その後も私の日常にはなんら変化はなかったけど、それでも、毎日毎日流されるニュースを見て、不安で不安で仕方ありませんでしたし、かなり情緒不安定になっていたと思います。

あの後観た、櫻井さんの『NEWS ZERO』。 当時感じた“ホッとした気持ち”は、今でも忘れません。 悲しい涙じゃない涙が止まらなかったし、何よりもすごく勇気づけられたことを覚えています。

海外にいた私ですらそう感じたのだから、あのとき、櫻井さんに救われた日本の人たちは大勢いたんじゃないのかなあ、とすごく思います。

このインタビューを読んでると、どうしてもあの当時のことを考えてしまいます。 

日本が決定的に変わってしまったあの日。 たくさんの尊い命が奪われてしまったあの日。 一生忘れることはできないけど、それでも、日本がこの危機を乗り越えて、前に進めることを願って止みません。

もうすぐ、アメリカを決定的に変えてしまったあの日から10年が経ちます。 あの苦しみを経験した人たちにとっては、10年間、きっとあっという間だったし、同時に長い長い年月だったと思います。

週末は、“変わってしまった”日本の未来に思いを馳せながら、“変わってしまった”アメリカの過去に祈りをささげようと思います。

***

櫻井翔がキャスターとして報道に関わるようになったのは、日本テレビの『NEWS ZERO』がスタートした2006年10月からだ。 しかし、それよりもっと前から報道は「いつかやりたいこと」だったという。 その理由はふたつあると、2008年の○○(雑誌名)のインタビューで語っている。

親知らずを4本一気に抜くために1週間ぐらい入院していたことがあったんだけど、テレビをつけたら、当時『なまあらし』で一緒に共演していたアナウンサーが、ある事件のインタビューをされていたの。 それを観て、なんだかくやしかったんだよね。 そのあとに、事務所に『いわゆるアナウンサーの方がやっているような、現地取材の仕事はできないですか』って言ったんです。 そのときは二十歳そこそこだったから『なかなか難しいかもね』って言われたんだけど。 もうひとつの動機は、9・11のテロがあったときに、攻撃する側の論理はたくさん報道されてたけど、攻撃される側の論理がよくわからなくて。 どちらも知りたかったから、民族紛争とか宗教戦争の本を読んで。 そこからより報道に興味が沸いていったんです

その思いを外部に発信することはなかったにもかかわらず、『NEWS ZERO』から櫻井個人に打診があり、「自分が出ることで、今までニュースに興味のなかった若い層の人たちが興味を持ってくれたら」と、報道と関わることになる。 以来、『NEWS ZERO』の月曜キャスターとしてだけでなく、スポーツ選手や文化人へのインタビュー、国内外での現地取材、北京オリンピックやバンクーバーオリンピックでのメインキャスター・・・と精力的に活動。 結果、慶應義塾大学経済学部卒業という学歴とともに、いわゆるアイドルというものに特定のイメージを抱いている人たちの概念も少し変えてしまったのではないだろうか。

櫻井自身にとっても、キャスターの顔を持つことはターニングポイントだったようで、2009年の○○(雑誌名)では、「アイドルの可能性を広げてみたいという思いが、こういう方向で広げることができるんだ、って思えたことは大きかった」と語っている。

それにしても、キャスター業ほど、彼の誠実さがにじみ出る仕事はないかもしれない。 過剰に自分を大きく見せようとしたり、知識をひけらかしたりせずに、ニュートラルな視点で「自分だから伝えられること」に真摯に向き合う姿勢は感動を覚えるし、ニュースの裏側をわかりやすく説明している櫻井担当の『イチメン!』では、「わたし(たち)にできること」というコーナーができ、被災地は今どういう状況なのか、我々ができることは何なのかのヒントを提供し続けているのも、その最たる例だろう。

「アイドルがキャスターをやる」という一見矛盾した立ち位置は、震災後、さらに重要な意味を持つようになったのではないかと思う。 櫻井翔キャスターだからできること。 それをこれからも模索し、我々に見せ続けてくれるはずである。

【問】 東日本大震災発生後、初めて芸能人(あえてこの呼び名を使います)がテレビに出たのは、3月14日に放送された『NEWS ZERO』緊急特番の櫻井さんでした。 テレビで櫻井さんを見にしてホッとした人が多くいたと聞き、アイドルが報道をやるという意味がそこにもあったと思います。 どのような気持ちであの場にいましたか?

: (震災が)起こったのが3月11日で、俺が出演することになったのが14日。 まあ、週末散々考えたんだけど、俺の思いとしては――俺が友達に送ったメールの文面にも書いた気がするんだけど――俺が出演することで響くかもしれない少しの層よりも、1分1秒でも多くの情報があるべきタイミングだと思っていたから、正直出演させてもらうのが正しいのかっていうのはものすごい悩んだ。 僕ひとりの判断でその結論は出せないけど、自分の中では迷ってたんだよね。 だけど、友達の知り合いが「14日の月曜日に櫻井さんの顔が見れるなら、それまでちょっと踏ん張ってみようと思います」みたいなことを言ってたよって、俺の友達が伝えてくれたの。 「毎日毎日報道特番でニュースが流れている中、いつもテレビで見てる人の顔を見たら安心する」って言ってもらって。 その友達からのメールで気持ちが整理されたんだよね。 いまだに、テレビに出たことがよかったのかどうかはわからない。 だけど、そう思ってくれる人がいたのであれば、もしそういう影響があったのならば、間違ってはいなかったのかなぁ・・・というのが結論かなあ。 間違っていないとは言い切れないんだけど・・・答えはきっとないんだと思う。

【問】 同じく3月14日の『NEWS ZERO』緊急特番で、被災地以外の人々に向けて「ボランティアや物資は混乱を招く。今できることは義援金募金」と櫻井さんが発言したことについて、インターネットで「イメージが壊れるのを省みずによく言った」といった反響があったことはどう思いますか?

: その発言に関しては、俺のとこにもいろんな人からメールがきたけどね。 で、そのネットの反響っていうことについては、俺も友達から聞いたんだけど・・・そこに関しては何もない。 よく言ったって言ってもらいたくて言ったわけでもないし、そんな反応があるとも正直思ってなかったし。 夕方に日テレに入って打ち合わせをして原稿も何度も目にしてたけど、デメリットはまったく想定してなかった。 だから、「よく言った」っていう言葉があったのがびっくりしたんだよね。

【問】 携帯サイトの櫻井さんの連載で、震災直後に「涙が止まらなくなってしまった」と書かれていましたが、その涙の理由は何だと思いますか?

: ずっと見てたんだよね、報道を。 ほんとにずーーーっと。 で、自分では気づいてなかったのかもしれないけど、キャスターって仕事をやらせてもらっている中で、テレビの向こう側の報道っていうのは、自分の身の回りのことになっていたんだよね。 それはけっこう無自覚で過ごしてきてたんだけど、それが浮き彫りになったっていうか。 テレビの向こう側の、絶望につぐ絶望を見続けたときに、俺、なんかしなきゃっていう。 でも、なんにもできないんだよなあっていうところだったんだと思うんだよな。

- 現地に行きたいっていう気持ちもあったんでしょうか。

: それはその時点ではない。 だって俺ひとりが行ったって、迷惑になることもあるし、混乱を招く子ともあるし。 思いだけで動くべきじゃないとは思ってるから。

【問】 今、櫻井さんが報道をやるという重要性がさらに増していると思います。 現在、あの席に座っている理由、モチベーションを教えてください。

: そういう意味で言うと、モチベーションは“伝える”っていうこと。 “ひとりでも多くの人に伝えたい”っていうことなんだけど、“自分が座ってることで響く一定の層に”っていうところからは、1回離れちゃったかもしれないなあ。 たまたま月曜日にテレビつけて、たまたま見かけた人たちにも響くように、っていうことに今日現在はなってるかもしれない。 また自分が届けられる層に向けてっていうところに戻るかもしれないけど、今はあんまり狭く考えてないかもね。

- 『イチメン!』が、被災地に向けて何ができるかっていう内容に変わっているのも、そういうことなんですか。

: そうそうそう、それはそう。 『Marching J』のときにも、チャリティイベントのときにも言ったんだけど、何かしたいと思ってるけど何をしていいのかわからないっていう人たちがたくさんいると思っていて。 道を知らなきゃ行くこともできないけど、知っていれば行くか行かないかは考えられるから、その選択肢をひとつでも多く提示したいって言うことだったんだよね。 俺は決して情報の発信源じゃないけど、掛け橋にはなり得ると思っていたから。 っていうことかなあ。

【問】 櫻井さん=キャスターが当たり前となった現在、アイドルがキャスターであるという特別な立ち位置について、改めてどう考えていますか? 

: アイドルなのにキャスターやってるとか、キャスターなのにアイドルやってる、みたいなところの動機からは、離れちゃったかもしれないな。 周りの人はそう見るかもしれないけど、どう自分の存在が捉えられてるかっていうことはあんまり考えてない。 でも不思議なもので、アイドルだけどキャスターじゃなきゃできない部分っていうものが産まれてくるんだよね。

-どういうことですか?

: たとえば、多くの人に伝えるためにキャスターとして被災地に取材に行くじゃん。 だけど、そこですれ違った子供たちを、一瞬明るくできるのは、アイドルとしてなんだよね。 だから、アイドルでキャスターじゃないとできないこと、っていうのがあるんじゃないのかなあ、っていう。

- それは使命感と意義みたいなものにつながりますか?

: うん、やっぱり使命感と意義っていうのは感じながらやっている。 でもそれは、キャスターからくるものなのか、アイドルからくるものなのか、今だと『神様のカルテ』のスクリーンから発することができることからくるのか、わからないんだよな。 そのすべてなのかもしれないけどね。

【問】 もし報道に関わることがなかったら、現在の櫻井さんはどのようになっていたと思いますか?

: ピアスしてるかなあ(笑)

- 笑。 ピアスしてキャスターやればいいじゃないですか。

: 笑。 うそうそ、さすがに30前でやる勇気ない。 えー、何やってるかなあ? なんか書いてたりしてたのかなあ。 個人的にどこかに行って、見たもの書いてみて、みたいなことをやろうとしてたのかなあ。 想像つかないけど、キャスターに近しいことっていうのは模索し続けることにはなったと思う。 なんでかっていうと、そもそもが(報道を)いつかやってみたいと思っていて、それが40なのか50なのかわからないけどっていう時間の幅でイメージしてたから。 もし“今”なってなかったとしたら40、50のときにできるように動いていたかもしれないです。

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コメント

BLUEさん、こんばんは。
もうすぐ地震から半年がたちますが、今日もまた
そんなには大きくないけど地震がありました。
まだまだ「また(大きな地震が)来るのでは」という
不安はぬぐえません。
そんな不安を抱える私(東北の方たちのほうが深刻だと思いますが)は、月曜の翔ちゃんの姿に励まされます。
なんか、うまく言えないんですけど、「キャスター姿が板についてるなぁ。がんばってるなぁ」と、見るたびに思うんです。

でもホントに翔さん(この場合ちゃん付けで呼ぶのは
はばかられるような気がして)って言葉を紡ぎ出すのがうまいですね。
考えをあんなにしっかりと言葉で表現できたらいいだろうなぁ。
さすが!櫻井翔!!ですね


はじめまして。(^^)

この翔さんのインタビュー
一通り読ませてもらって
感動しました。

やっぱ翔さん素敵な人だな~、と。

それで猛烈にこの雑誌が
欲しくなりまして・・・笑

差し支えなければ
何の雑誌か教えて欲しいですm(__ __)m

BLUEさん
素敵な旅になってよかったですね
ダーリンさんのコメントも秀逸ですね
誰かの面影がよぎります
本当に最近の書店とTVは祭りで
とてもうれしいのですが超危険でした
私も辛くも逃げ切った感が・・・
この雑誌の記事は見逃してたので(よもや鄙には売ってない雑誌
UP感謝感激雨嵐です
気持ちや状況をすべて伝えるということは不可能かもしれないけど
私達に響く言葉を真摯に届けてくれる
翔さん(いつも翔ちゃんって呼んじゃうけどこういう場合は「翔さん」ですね~)は本当に素敵ですね
キャスターになっていなければと言わず
文筆業のほうもどんどん広げていってもらえればと願っています
地震から半年経ちました
最近は集中豪雨の被害もありました
あたりまえの日常に感謝しつつ
その日常を送ることが困難な人のために
自分が何ができるのかをまた改めて考えなくては
ならない時期にきているなと感じています

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