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2011年1月10日 (月)

二宮和也であること 【前編】

センセがアメリカにいらっさるんだって~っ!!!(うっきゃー

1月20日の全米先行公開の『ガツン』の舞台挨拶に松ケンくんと来られるそーな。。(デイリースポーツ)

モチのロンで、ワタクシ、早速申し込んでまいりましたともっ!!(Kazumiさん、ぽてとさん、Miniwawaさん、ありがとー) シカゴの空港で、必死こいて、んなことやってるヤツなど、世界広しといえども私ぐらいしかおるまい。←なぜか自慢気・笑。(※本日から出張中)

と、ゆーことで(?)、ワタクシの超個人的な当選祈願のため、にのみぃ長文記事です。。 ってか、いつの記事だ、って話なんですが(まー、これもいつものコト・苦笑)

ワタクシの敬愛する3大インタビュアーのひとり、米川里代様の記事でございます。。 相変わらずなにのみぃ節大全開。。 さすがです(←注:全力で褒めてマス) 

あのねぇ、よーっく読んでいただけると分かるのですが、二宮センセ、質問にまーったくお答えしてないことが多々あります。 質問の意図を、ちょっとずーつ、ちょっとずーつ、外してるんですよねぇ。。 うーん、ゼッタイわざとなんだろうなぁ・・・。。

そんな感じな「ざ・二宮和也インタビュー」。 めちゃめちゃ長いですが、それでもいいよって方はどーぞ

・・・そーいや、嵐の皆様、今年の仕事初めはいつだったんだろう?(ハテ?)

***

二宮和也。 いまや国民的アイドルグループとなった嵐のメンバーであり、自らのソロ曲は作詞作曲、アレンジまで手がける才能の持ち主。 バラエティーでは、彼の冷静でクレバーな言動が起点となり、嵐の面白さが爆発する場面も多い。 展開を“読める”人。 そして何より凄いのは、役者としての存在感だ。 早くからドラマや舞台で活躍しており、その演技力は彼の才能の中でも一段と際立ったものだろう。

些細な感情の機微までをも表現する、“その人”としてそこに存在するリアリティーの名手。 誰もが認める、その圧倒的な演技力。 二宮和也が演じてきた役は、けっして明るく華々しいものばかりではない。 とても普通で身近で驚くほど“リアル”。 だからこそ、本物の技術や感性を求められる“難しい”役が多い。 そんな役をサラリとやってのける彼は、多分人間の感情の種類とか、それによって人がどんな行動をとるのか?とか、とにかく“人間がどういうものであるのか?”を“わかっている”のだと思う。 深い洞察力と理解力、“その人”を想像する力。 そういったものに裏付けされた確かな演技力。 だから彼の芝居は、見る者の心をつかみ、胸に残るものになる。 しかも、その小さな笑顔、深い悲しみやちょっとした狂気を孕んだ瞳に、なんともいえない“哀しみ”があるのだ。 だから、気になる。 誰もがその“影”のようなものに惹かれるのだ。

実際に彼と関わってきた現場の人々が、“感性の人”と表現する。 しかも、あまりに簡単にやってのけるものだから、その裏で努力を重ねているのか、天性のものなのか、その真意をいまだつかめないという。 そして、現場での、その“飄々とした在り方”というものも、昔から変わっていないのだそうだ。 確かに、ハリウッドという大舞台ですら、“そのまま”で渡り合ってきた人だ。 国民的アイドルとしての地位も、シビア過ぎるほど冷静に見つめているし、その達観した視点と姿勢は、なんだ? 一体こんな人間は、どうやって作られたのだろう?

芝居にまつわるお話も当然聞かせてもらいたいが、非常に興味深い“二宮和也という人”を知りたいと思った。 だが、「自分のことに興味がない」と言い切ってしまう彼は、“誰かにわかってほしい”などと望んでいないし、“人は完全にわかり合えない”ことを知っている。 「そこを、どうしても!」と食い下がれば、否定もしない。 一見はぐらかされているような言動で、もっと裏とか奥にある“真理”みたいなものを教えてくれる。 この人と退治するということは、まるで修行僧(記者)が師(二宮)との禅問答に挑んでいる感覚に近いものだ。 彼の放った一言、「人ひとり、“知ろう”と思ったら、ほかの人といちゃいけないよね」。 凄い言葉だ、と思う。 その通り、だからだ。 読者のみなさんには申し訳ないが、今回の取材で、彼の本質に迫る“答え”は得られていない。 だが、本人も「せっかくこうして話してるんだから、ヒントをいっぱい置いておくほうが・・・・・・色々想像出来るからいいんじゃない?」と言ってくれているように、彼からのヒントをもとに、二宮和也という人を想像して楽しんでもらえたらと思う。

-待望の本誌表紙巻頭特集ということで、二宮君のお芝居について、そしてその興味深い、あなたの人間性というものに迫りたいと思っています。

: はい。

-タイミング的には『大奥』の公開時期ではあるんですが、おそらく多くの雑誌でお話されてきたと思うので・・・作品のみならず、まずは二宮君がどんな風に芝居と向き合っているのか?というところから知りたい!と。

: まぁ・・・そう考えると、『大奥』については、色んな雑誌で放させてもらったので、そんなに新しい話題はないかな(笑)。 でもね・・・お芝居に関しても、ないんですよ。 結局、じゃあ「お芝居に関して」ってなんなの?っていう話ですよ。 基本は、そんなに考えたことがないから。

-「考えたことがない」っていうのは、演じようって思ったことはない、っていうこと?

: いや・・・っていうか、「芝居とは?」っていうのがないんですよね。

-芝居とは?という定義が、そもそもない。

: あまり考えたことがないね。 なんだろ・・・凄く雑な言い方だけど、“仕事”のひとつでしかないからね。

-それでも、好きな“仕事”ではある訳ですよね?

: ありますよ。 でも嫌いな仕事ってないよ。 俺は、そもそも。

-なるほど。 あのですね、たくさん聞きたいことがあるので、一方的かもしれないですけど、聞いていっていいですか?

: うん。 でもね、実際ホントに、考えたことないんだよね。 芝居がどういうものかって。

-そもそも、“お仕事”というのは、どんな意識でやっているんですか?

: それはもう、楽しかったらいいっていうスタンスですよ。 ほかに何か、そこまで強い信念を持ってやってないからね。 楽しければいいっていうことに尽きるよね。

-「嫌いな仕事がない」っていうことは、お芝居という仕事も、楽しくやれていて、好きってことですよね。

: うん、そうだね。 でも、別になんか・・・芝居が楽しいっていうよりは、現場が重要だから。 俺は、その重要だと思ってる“現場”を楽しくしたいから。 現場を盛り上げたいなっていうのは、いつも思ってるかな。

-実際に、ある作品のオファーが来ました。 撮影に入るまでは、どんな作業をしますか? あの、まず「台本はあまり読まない」と、いつも言ってますが、そこは作品によって違ったりしてますか?

: ううん。 いつも一緒です。

-本当に台本は読んでいないの? どんな風に台本を読むんだろう?

: うーん。 まぁ、作品によっても違うからね。 でもね、好きなようにというか、自分のやりたいようには、どの作品も出来ないから。 そこは特に、考えないね。 自分の100%やりたいようにっていうのは、結果的に出来ないんだよ。 自分が台本作って、自分が演出して・・・それでも、出来ない人がゴマンといるんだから。

-だからこそ、台本を読み込んで、色んな想像や想定をするよりは、現場での感覚を優先するのかな?

: うん。

-そこで求められることに応えたい。

: うん、そう。 それがいいと思います!

-多くの演出家や監督に、「こんな役をやらせてみたい」って思われている、今の状況っていうのはどうですか? 嬉しいことですよね?

: 嬉しいですよ。 「アイツと一緒に仕事したい」って思ってもらえるのは、凄く嬉しい。

-二宮君は、役者に必要なものはなんだと思っていますか?

: 必要なもの? なんだろうね。 俺はさ、凄くありがたいことに、そんなことを考える間もなく色んな作品に出させてもらってきたから。 正直、そういうのがあまりないんだよね。 もう、随分前から立たせてもらってたから。 やっぱり、“撮影が始まって終わるまで、現場にいること”じゃない?

-はぁ、確かに!

: 時間通り来て時間通り帰ること、なんじゃない? スタッフさんが苦心して作ってくれたスケジュールがあるんだから、それをちゃんとやって・・・・・・それで、作品が“完成”しないと意味がない訳ですから。

-今回、二宮君とお仕事でご一緒されたプロデューサーや監督のみなさんに取材させてもらって、役者として、凄く信頼されているのを感じました。 それは、どう感じていますか?

: ありがたいなぁと思います。 でも、正直、凄いフラットに言うと、俺はお芝居に興味がないというか、「凄くよかったです」って言われても、嬉しいですけどそれ以上はなんとも思わないんですよ。 「そう思って頂けたならよかったです!」ぐらい。 バラエティーとかで「凄い面白かった」って言って頂けるほうが、自分にとってはわかりやすい感じ。

-それって、お芝居に関しては、自分が目指すところが凄く高いから、満足がいかないってことなのでは?

: うーん。 でも、何かを目指しているとかではないですよ。

-金子監督が「感性で生きている人」と言っていましたけど、本当にそうですよね。 お芝居してやる!みたいなところがないというか。

: うん。 そうだね。

-お芝居はひとりでするものじゃないし、投げられたものは受ける“名キャッチャー”だ、とも以前話していたけど、相手があって初めて成立するのがお芝居だっていう意識は、いつごろから持っていたんですか?

: 結構昔から、そうだったんじゃないかなぁ。 そんなに難しく考えてないけど。

-「考えてない」って、すでに何度か言っているけど、二宮君のお芝居って凄く考えているようにも見えるんですよね。

: それは、凄く得してますよね、俺(笑)

-考えなくて、出来ることなの?

: それはね、スタンスの問題なんじゃないかな? 例えば、興味がある人はさ、「演じることが楽しい」とか、「もっとああいう役を演じてみたい」とかっていうのが、出て来るだろうけど。 俺の場合は、いい意味でも悪い意味でも、どちらにも強い想いがないからね。

-そうなんだ。 興味を持つようになることも、なさそうなんですか?

: どうだろうねぇ。

-ない、とは言いきれないと思いますけど。

: ある時はありますよ。 でも本当に、俺は現場が楽しかったら、それでいいんですよ。 自分がどうこうとか・・・・・・考えたことはないですね。 考えてもしょうがない、と思ってるんです。

-お芝居の現場って、大きく分けて、映画と舞台とありますけど、そこも変わらない?

: うん、変わらない。 どちらも、現場が楽しければいい。

-その“現場が楽しい”を遂行するために、気をつけていることはなんですか?

: みんなが楽しい現場を“作る”ようにすること。 現場が楽しいのが一番。

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コメント

いまっさらですが、あけましておめでとうございます!そして、にのみやさん、LA出張、おめでとうございます~

今年は冒頭から縁起がいいですね!今度こそ、5人が行きますように!

ダーリンとも仲良くお過ごしください。TOKYOから応援してます

はじめまして&あけましておめでとうございます
ニノLOVEなのでうらやましいですがLAで会えるといいですね~~

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