ターニングポイント①
大野さんのインタビューが掲載されてました
(ちょっと間違いの多かったライターさんですが)べた褒めされてました
大ちゃんのお答え部分のみ、転載します。
<最初のターニングポイント>
「辞める」って言ったのは、98年(嵐としてデビューする1年前)。 踊りを究めるために京都の舞台で仕事させてもらっていたんだけど、2年やって自分のなかで究まった感じがしたので、社長に電話したんです。 「京都から戻ってきたよ。で、辞める」って。 社長も「ああ、そう」ってすんなり言ったんですよ。
(辞める挨拶に行くと)「じゃあ、踊っちゃって」って。 光一くんの舞台『MASK』のけいこ場だったんですよ。 「俺、辞めるから」って言ったんですけど、次の仕事がまだちゃんと決まってなかったから、踊っちゃったんですよね(笑)。
(イラストレーターになるのが)本気だったので、当時、雑誌でお世話になっていた人に相談していました。 光一くんの舞台が終わって3ヵ月くらいは、仕事の電話がきても断って、ずっと家で絵を描いてた。 で、ダラダラやってるのも嫌なんで、また社長に言ったんですよ、「辞める」って。 そしたら「じゃあ、ちょっとレコーディングを手伝ってくれない?」って言われたので、本当に最後の手伝いとして行きました。
考えてみたらヘンだった(笑)。 だって手伝いなのに「大野ソロパート」って書いてあったから。 「何これ?」って聞いたら、「とりあえず歌っちゃって」って言うんですよね。 で、歌い終わったら、「来週、ハワイ行く?」って。 普通ならなんかおかしいと思うかもしれないけど、以前に一度、遊びで連れて行ってもらったことがあったから、僕は何も疑わなかったんですよね。 いろいろやったお手伝いのごほうびだと思いました。
さすがにハワイまで行っちゃってるんで、そこでは辞めるって言えなかった(笑)。 でも僕以外のメンバーもみんなポカンとしてました。 一番ポカンとしてたのは、相葉ちゃんだったけど。 3日前にハワイ行くって言われたんだから、そりゃそうだよね(笑)。
(デビュー後)特に最初の2ヵ月の記憶はほぼ真っ白。 ほとんど寝れない日ばっかりで、これが一生続くのかと思ったんですよね。 こりゃもう逃げるしかないなって(笑)。
ニノも同じことを考えてたみたいで、ある日、トイレで本気で話した事があるんです。 でもそれ以上に、とにかく目先のことをやらないといけない状態だったから、結局うやむやになっちゃいましたね(笑)。
ファンの間ではかなり有名な大ちゃんが辞めたがってた頃の話。(ジャニさん、ありがと☆超!!) 何がびっくりしたかって、日本に戻っている間にこの雑誌買って読んでたんだけど、なんと私のお父様(知ってる芸能人はSMAPくらい)も気が付いたら読んでた!! ひとり爆笑しました。(“日経”って名前が付いてたから?) お陰で、「嵐の大野智」、覚えてもらえたようです(笑)


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